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秘書×デザイナーってどういうこと?ちさきのプロフィール

秘書で、デザイナーのちさき(@chisaki_w)です。
こんにちは。

「秘書でデザイナーってどういうこと?」
「どんな人ー?」
ってよく聞かれるので書いてみた。

ざっくりな経歴

  • 1988年11月8日山梨県甲府市生まれ、高校まで山梨
  • 明治大学卒業後、ブラッククリニックで6年医療事務
  • Yahooショッピング企画部のアシスタントを経て、フリーランスの秘書でデザイナー

 

幼少期~中学まで、周囲を気にしすぎて、自分らしさ消去時代

幼少期の暗黒

私が一人っ子だから、親が社会性身につけるためにって、行きたくない地域行事や親戚づきあいに連れていかれまくってた。なんで行きたくないかって、ゲームも自転車のレースでも、私一人で競わないといけなかったから。そんな中で小さいころから「どうすれば負けないか?」「どうやったらこの環境から抜けれるか」「この人はなにがしてほしいのか」を自然と考えるように。子供相手だけでなく、大人に対しても良い思い出なくて、ほしい答えを空気を読みながら答えてた。

夢中の原点

初めてのドレス作り

楽しかったことは近所の図工教室に行くこと。1番覚えてるのはドレスを初めて作ったこと。まだ幼かったからミシンもあんまり長時間できないし、たくさんは縫えていないけど、出来上がったドレスを発表できたときは嬉しくて嬉しくてたまならなかった。「作る」ことに夢中になった原点かもしれない。

私の人生1番の黒歴史、集団リンチ

中学入学後、親友とバスケ部入部。でもその子がある日突然、「ちさきが先輩の悪口言ってる」って先輩に嘘をついて、先輩方から部室に呼ばれ集団リンチくらったんだよね。本当に怖かった。

髪の毛つかまれるし、殴られるだけじゃなくて、土足で踏みつけられるし。怖すぎてしばらく自宅のお風呂も怖いし、トイレもドア開けておかないと入れなかった。でもそれで不登校になるのも悔しくて、学校は行ってたんだけど、先輩に会うの怖いし、周囲の目が怖かった。

「大人怖い」って思ってた頃の図

両親、特に今まで学校行事には出てこないお父さんが学校に訴えてくれたけど、教育委員会は動かないし、学校の先生は保身に走るし、他の同級生の両親は自分の子供が可哀そうだって学校に訴えてくるしで、大人って本当に信じられなくなってた。

一番衝撃だったのは「ちさきさんは毎日学校に来てますし、(今より太ってたから)表面元気そうなので大丈夫ですね」って言われたこと。見た目変えるために、食事を極端に減らして163㎝、44㎏までダイエット決行。これで先生たちは態度一変して、人は見た目が9割なのかなと悟るw

そんなことで生徒だけじゃなくて大人の視線、空気の流れや重みをびしびし感じる環境だったから、あんまり作ることできなくて、読書や映画・美術鑑賞、旅行したりインプットに集中してた。

高校~大学まで、良いこともあったし楽しかったけど自分らしさ迷子時代

高校生活楽しかったのはデザインだった。初めて假屋崎さんの展覧会を拝見してから華道部に入って、普段の生け花、イベントでのオブジェを考えたり。それが楽しくて、学園祭の装飾リーダーになっちゃった。学校中の装飾デザインして作っていくのは、めちゃくちゃ楽しかった。もっとデザインやりたい、大好きな洋裁をもっとやりたいって思って文化服装学院行きたかったんだけど、「四大行かないで就職どうするの?」って親の意見で大学決定。

大学生は東京で、しかも一人暮らしだったから刺激ばかりw 周りは一般家庭の子供たちで、私は田舎の母子家庭の子供、金銭感覚も違うし経験してきたものが、ドラマとか雑誌で見てきたもので、その違いに結構無理して背伸びしてた。私らしさより、「この場で自分がどう振舞うのが正解か、どういう返答が面白いか」ばかり考えて、疲れては逃げるように海外旅行行きまくってた。

社会人生活~未来の予定、ブラッククリニックから自分らしさ取り戻し時代

ブラッククリニック勤務の6年間

卒業して、最初に入った医療機関が本当に体力的に大変だった。立ち仕事で椅子がないクリニックw1か所目のクリニックでは、先輩からの嫌がらせの毎日。異動願いだして、2か所目のクリニック行ったけど立ち仕事は変わらないし、祝日なし、有給使えない、ブラックだった。ゆっくりした業務ができるように3か所めのクリニックに転職したけど、残業しまくり、癒着が多い独裁国家のブラッククリニックだった(まじで運がないかと思った)。体力追いつかなくて皮膚病になるくらい毎日へとへとに…。

病気になって毎日絶望してたとき、自分に立ち返った

毎日服を考えることすらできないくらい疲れてて、なんも考えなくて着れるワンピースばかり着るようになった。 毎日着れば楽しく過ごせるワンピースが作りたい、大好きな洋裁を今ここで再度やろうと思って洋裁教室へ通うことに。

教室通いだしてからは、「あれ、着たい!」ってネットで見ればなめるように見てたし、先生にも相談したり、頭の中はいつもどんなデザイン作ろう、どんな布で、どんなシルエットでって夢中になった。1枚素敵なワンピース着るだけで、足が棒になるほど嫌な職場もなんとか出勤できた。

アウトプット=ヤる!

「もっとワンピースを作る時間がほしい、フリーランスになりたい」って思い、 ヤるサロンに入会。

「もっと提案して。やりやすくなったほうがいいから。」

この一言で自分の強みに気づけたんだよね。お仕事中「ここもっと細分化したほうが、見やすくなるんじゃ…」とかぽろっと言っちゃって、この一言で「提案していいんだ!」ってぱーっと視界が広く明るくなった笑いや、ほんと。今までは周囲に何かあっても指摘するなんてだめだと思ってた。

自分では弱みだと思ってた、周囲見すぎ・空気読みすぎ・考えすぎが逆転して強みだった!そのあとも少し見渡せば、「こうしたらどうか?」「あそこは…」とか改善ポイント発見したり、スムーズなスケジュールを提案していった。

秘書って寄り添って、従うだけが多いし、イメージはそうなんだけど、私はクライアントさんのパートナーでいることができる。「もっとこうしたらどうか?」とか「これはあそこに使えるのではないか?」とかの提案が強み。

だからこそ私は個人の秘書をやらせて頂きたいな。業務委託でお仕事していると、「もっとこうしたらいいのに…」が多くて、クライアントさんの直接な改善に繋がっていないことが目に付いちゃう。 クライアントさんが自分の業務に集中して、より仕事がうまく回っていけるように提案していきたい。

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フリーランス1年目~、これからの野望

提案する秘書をもっと極めて、クライアントさんのお仕事をデザイン、ディレクションする秘書になっていく。「こんな案件やりたい」って一言に、「まず○○して、△△へ発注して、~までに」とか、お仕事の仕組みディレクションやデザイン。クライアントさんの近くにいるとね、「もっとこの人のこと知ってほしい!」「この商品広めたい」って気持ちも強くなっちゃってw広報PRの業務にも力入れていく!今学んでるところ。

私が毎日辛かった時に共に戦ってくれた、ワンピース。やっぱりこれが大好きだから素敵なデザイン考えたい。一歩踏み出せないときに、背中をぽんって押せるくらいのワンピースを作っていきたい。 大きな花柄、カラフルなワンピースもいい!DAIVを買ったのもデザインと強化のため。(ぜひ→こちら)デザイン、パターンは私がやって、縫製は外注のシステムにしていくつもり。コラボ企画も計画でてるから、成功させてコラボとか継続していきたいな。

周りにばかり目がいって、気にしすぎの20数年だったけど、実はそれが私の強みだった。つらかった過去がある中でこそ、すきなことに没頭できた。

これからは自分らしさを大切に、強みを磨いて、すきを追及して生きていくつもり

ABOUT ME
ちさき
ちさき
■リモートでオンライン秘書 ■デザイナー(ドレス&お花アレンジ) やってます。 このブログでは、私の人柄が伝わるのを目標に 仕事のこと・プライベートなこと、区切りなく書いていきます。